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東京地方裁判所 平成2年(ワ)7987号 判決 1992年9月24日

原告

ボビー・マックスド

右訴訟代理人弁護士

村田敏

同(平成二年(ワ)第七九八七号事件)

伊東重勝

水野賢一

被告(平成二年(ワ)第七九八七号事件)

有限会社改進社

右代表者代表取締役

吉田義信

被告(平成三年(ワ)第一五六三九号事件)

吉田義信

右両名訴訟代理人弁護士

簗瀬照久

大嶋芳樹

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一九五万円及びこれに対する被告有限会社改進社については平成二年七月一四日から、被告吉田義信については平成二年三月三〇日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一被告有限会社改進社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、金一四六五万四一二一円及びこれに対する平成二年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告吉田義信(以下「被告吉田」という。)は、原告に対し、金一五一六万二二二四円及びこれに対する平成二年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告吉田が代表者である被告会社で就労中に被災した原告が、被告らに対し、事故は被告会社の債務不履行(安全配慮義務違反)及び被告吉田の不法行為によるものであるとして、損害賠償を請求している事件である。

一争いのない事実

1  雇用関係

原告は、パキスタン回教共和国(以下「パキスタン」という。)の国籍を有する者であるが、昭和六三年一一月二八日、日本において就労する意図の下に観光目的の在留資格(出入国管理及び難民認定法《以下「入管法」という。》上の在留資格は、同法別表第一の三が規定する「短期滞在」にあたる。以下「短期在留資格」という。)で入国し、翌二九日から、製本業を目的とする被告会社(代表取締役は被告吉田である。)に雇用され、後記労災事故発生までの間、製本等の仕事に従事していた。

2  労災事故の発生

平成二年三月三〇日、原告は、被告会社工場内に設置されていた製本機(以下「本件製本機」という。)を用いてパンフレットの中綴じ作業を行っていたところ、右手ひとさし指を本件製本機に挟まれその末節部分を切断するという事故に被災し(以下「本件事故」という。)その後遺障害は労災保険により第一一級七号(労働者災害補償保険法施行規則別表第一参照)該当の認定を受けた。

3  労災保険金等の受給

原告は、本件事故後、労災保険から休業補償給付一三万二九七二円及び障害補償給付一六四万四七二五円の各支給を受けたほか、被告会社から一七万八一三三円の支払を受けている。

二準拠法

右争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告の被告会社に対する請求は法例七条一項により、被告吉田に対する請求は法例一一条一項により、いずれも日本の法律がその準拠法となる。

三争点

原告は、被告らの責任に関し、次のとおり主張する。

1  被告会社の責任

被告会社は、原告に対し、安全に作業ができるように操作手順を口頭で説明、注意するのみならず、自ら実演するなどして安全教育を徹底させるべき注意義務、更には作業環境を常に改善すべき義務があるのにこれを怠り、その結果本件事故が発生したのであるから、債務不履行による損害賠償をすべき責任がある。

2  被告吉田の責任

被告吉田は、被告会社代表者として作業現場で直接作業命令をする立場にあり、被告会社が負うべき右1の安全配慮義務の内容を自己自身の義務として現実かつ具体的に履行すべき立場にあったのにこれを怠り、その結果本件事故が発生したのであるから、不法行為による損害賠償をすべき責任がある。右各主張の当否(争点1)のほか、損害額(争点2)及び過失相殺(争点3)が本件の争点である。

第三当裁判所の判断

一争点1(被告らの責任)について

1  前記争いのない事実と証拠(<書証番号略>、原告本人並びに被告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、一九六五年一一月二〇日パキスタンで出生した同国籍を有する男性であり、同国の高等学校を中退した後、スチール工として稼働していたが、昭和六三年一一月二八日、日本で就労する意図の下に短期在留資格で初来日した。日本語は、本件事故当時極く簡単な日常会話を話せる程度であった。

(二) 被告会社は、製本業を目的とする資本金二〇万円の有限会社で、紙の裁断から梱包までを行っており、本件事故当時、約67.41平方メートルの同社工場内では、原告及び代表取締役である被告吉田のほか三名が作業に従事していた。

(三) 原告は、来日した翌日である昭和六三年一一月二九日から、原告の知人の紹介により、短期在留資格で来日し滞在していることを了解のうえで被告会社に雇用され、本件事故日まで約一年四か月の間、荷物の積み下ろし、製品の積み込み、自動中綴じ製本機への紙のセット、製本されたものの包装、本件製本機による平綴じ製本等の作業を行ってきた。

原告は、本件事故日の数日前に、自動中綴じ製本機を用いてパンフレット二万部を製本する作業のうち必要部数を整える作業を行ったが、その納品日である本件事故日になり、製本部数が二〇〇部不足していることが判明した。そこで、右部数の製本作業の必要性が緊急に生じたが、当時既に自動中綴じ製本機は他の製本作業に使用していたため、本件製本機により右作業を行うこととなり、被告吉田は、原告に対し、パンフレットを受け取りに来た顧客が現場で完成を待つ中、右作業を行うことを命じた。

(四) 本件製本機(有限会社丸山製作所製の製本用万能針金綴機)は、平綴じ・中綴じ兼用であり、原告が本件事故日前に行っていた平綴じ作業においては、同機械に設置された水平の台(以下「本件台」という。)上に、同台に取り付けられた垂直の枠様のもの(以下「本件枠」という。)に合せる形で製本するパンフレット等をセットし、ペダルを踏むことにより、上部からホッチキス状の針金を内蔵した部分(以下「降下部分」という。)が降りてきて綴られるという仕組みになっており、中綴じ作業においても、基本的操作手順は同一であるが、本件台を、本件枠を取り外した上で、操作する者に向かって手前を下げるようにして斜めにし、持ち上がった後部端の角に、パンフレットの中綴じをする折り目部分を引っ掛けるようにしてセットするという点が異なる。なお、本件製本機には安全装置は付いていない。

(五) 被告吉田は、自ら本件台を中綴じ用にセットしたほかは、原告が普段平綴じ作業を行っていたことから、特に中綴じ作業の場合の本件製本機の使用方法や具体的な危険部分の指摘等の注意を行わず、原告に作業を任せ、その後は原告の様子に気を配ることなく自己の作業を行っていた。原告は、それ以前に本件製本機を用いての中綴じ作業を行ったことはなかったが、被告吉田から急いで行うよう言われて中綴じ作業を始めたところ、一回目は、パンフレットがうまくセットできず針金がパンフレットの折り目部分に行かなかったため、二回目はその折り目部分に左手を添え、その上に右手を置き、そのままペダルを踏んだところ、右手ひとさし指を降下部分に挟まれた。

2  右認定の事実によれば、本件製本機は、製本するパンフレット等をセットする際、平綴じ作業においては、本件枠に合せる形で行うため、作業者の手は降下部分の手前にあって挟まれる危険性は少ないといえるが、中綴じ作業においては、本件台の端の角に引っ掛けるというにすぎず、場合により、正確にセットするには手でパンフレット等の折り目部分を直接押さえることも必要になり、中綴じ作業に慣れない者が作業する場合には、降下部分に手指を挟まれる危険性があるものということができる。そして、前記認定のとおり、原告は、本件製本機を用いて中綴じ作業を行うのは本件事故当日が初めてであり、しかも本件製本機には安全装置はついていなかったのであるから、少なくとも、雇用者である被告会社は、被用者である原告に対し、安全配慮義務の内容として、中綴じ作業の場合の右の危険性について具体的に注意を行い、更に自ら作業を実践するなどして安全な作業方法を教育すべきであったというべきところ、被告会社がこれを怠っていたことは前記認定の事実より明らかであり、その結果本件事故が発生したものと認められるから、被告会社は、原告に対し、民法四一五条により、本件事故によって原告が被った損害を賠償すべき責任がある。

また、前記認定の事実によれば、被告会社は被告吉田の個人企業ともいうべきものであり、被告吉田は、同会社の工場内で原告ら被用者とともに稼働し、事実上その指揮監督にあたってきた者であるから、原告に対し本件製本機を用いての中綴じ作業を命じるにあたっては、前記被告会社に対するものと同様の注意義務が一般不法行為上の義務として課せられていたものというべきところ、被告吉田はこれを怠り、その結果本件事故が発生したものと認められるから、民法七〇九条により、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき責任がある。

二争点2(損害額)について

1 休業損害

金一二万〇四二八円

証拠(<書証番号略>、原告本人及び被告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、短期在留資格で在留することのできる期間が経過した後も、日本国内に留り、被告会社で稼働して本件事故前三か月間(実稼働日数七一日)に合計金五三万四四〇〇円の賃金の支払を受けていたところ、平成二年三月三〇日午後四時ころ本件事故に被災し、翌日から同年四月一九日までの間、被告会社へは行かず、東京都江東区深川二丁目所在の鈴木外科病院に日曜日を除きほぼ毎日通院して治療を受けていた(その後同月三〇日までに更に三回通院し、その最終日に傷口が治癒した旨の診断を受けた。)が、四月一九日からは、東京都江東区<番地略>所在の被告会社と同様の製本会社である有限会社作信社(以下「作信社」という。)で働くようになり、同年八月二三日までの間(実日数は少なくとも八九日)、一日当たり八〇〇〇円ないし九〇〇〇円の賃金で紙の整理等の仕事に従事していたことが認められる。したがって、原告の休業損害は、本件事故前の実収入額の一日当たりの金額を基礎とし、本件事故日の翌日である平成二年三月三一日から作信社への就労開始日の前日である同年四月一八日までのうち、日曜日を除く一六日間分について認めるのが相当であり、これを算定すると次のとおり金一二万〇四二八円となる(一円未満切捨て)。

534,400÷71×16=120,428.169

なお、本件事故以前に原告が被告会社から受けていた賃金と同様、右に認定した休業期間の得べかりし利益も、入管法違反の残留及び就労(同法一九条一項二号、七〇条四号、同条五号)に基づき得られたであろうものではあるが、製本作業という就労内容自体は何ら問題のない労働であって、しかも入国自体が強度の違法性を有する密入国のような場合とは異なるから、いまだ公序良俗に反するものであるということはできず、したがって、原告に休業損害が発生すること及びその額が実額をもとに算定されるべきことは不合理ではない。

2  後遺障害による逸失利益

金二二二万二六二二円

原告が本件事故により右手ひとさし指の末節を切断したことは当事者間に争いがなく、この事実に前記認定の通院治療の経過等を併せて考えれば、原告の症状は平成二年四月三〇日に固定し、右同内容の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残ったものと認められる。

そこで、本件後遺障害による逸失利益を算定するに、証拠(<書証番号略>及び原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、(1) 原告は、短期在留資格で日本に入国しており、その後も、日本国内に滞在し、現在も、友人の家を転々としながら、日本国内においてアルバイト等を行って収入を得て生活していること、(2) 原告が来日前にパキスタンでスチール工として稼働していた際の収入金額は、日本円にして月額三万ないし四万円であったこと、(3) 平成二年ないし同三年ころにおいて、パキスタンにおける職種を学歴及び職歴に応じて管理職、技術者、半技術者及び労働者に分類した場合の一月当たりのおよその平均収入額は、それぞれ、管理職が四〇〇〇ないし八〇〇〇ルピー、技術者が二五〇〇ないし四五〇〇ルピー、半技術者が一五〇〇ないし三五〇〇ルピー、労働者が一〇〇〇ないし一五〇〇ルピーであり、また、ルピーと米ドルの換算率は一ルピーが約0.04ドルであるところ、前示の原告の学歴及び職歴からすると、原告は、右分類のうち技術者ないし半技術者にあたること(なお、本件口頭弁論終結日の前日である平成四年七月八日における東京外国為替相場での米ドルの終値が一ドル一二四円であることは公知の事実である。)等の事実が認められる。そして、これらの事実と原告の年齢、来日後の日本での滞在期間、作信社での稼働内容及び収入額などの事実のほか、原告のように短期在留資格で入国し、在留することのできる期間を経過した後も残留を続けて就労する者は、入管法により最終的には退去強制の対象とならざるをえず(入管法二四条四号イ及びロ)、原告自身についても特別に在留が合法化され、退去強制の処分を免れうるなどの事情は認められないこと等を総合すると、原告は、少なくとも、前記作信社を退社した日(平成二年八月二三日)の翌日から三年間は日本国内において被告会社から受けていた実収入額と同額の収入(年収額は、前記認定の三か月間の実収入額を四倍して算定すると、金二一三万七六〇〇円となる。)を、その後六七歳までの三九年間は日本円に換算して一月当たり三万円程度の収入をそれぞれ得ることができたものと認めるのが相当であり、従ってこれらの金額を基礎収入額とし、労働能力喪失率については、前記認定の本件後遺障害の内容、症状固定後の原告の稼働状況、当裁判所に顕著な労働基準監督局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)等を考慮して二〇パーセントとし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、右四二年間に生じる原告の本件後遺障害による逸失利益を算定すると、次のとおり金二二二万二六二二円となる(一円未満切捨て)。

2,137,600×0.2×2.7232+360,000×0.2×(17.4232−2.7232)

=2,222,622.464

なお、右の本件後遺障害による逸失利益の算定に関し、原告は、基礎とすべき収入額は、① 外国人であっても日本国内で事故に遭った場合には、日本国内の日本人労働者と同様の数値を用いるのが平等原則(憲法一四条)に資すること、② 仮に原告が将来日本から出国することを前提に算定するとしても、パキスタン人は外国に出稼ぎに出る者が多く、原告も、更に第三国に行き、日本で得ていた収入額を上回る収入を得ていたであろうこと等から、本件事故前に被告会社から受けていた実収入額を終身に渡って用いるべきである旨主張する。しかしながら、右①については、加害者が被害者に対し賠償すべき損害としての逸失利益は、事故と相当因果関係のある範囲内で、事故に遭わなければ得られたであろう利益と事故後に得られるであろう利益との差額であると解すべきところ、基礎収入額にいかなる数値を用いるかは右の事実認定の問題であって、被害者が外国人であるかどうかは問題ではなく、当該被害者の将来の収入額についての立証の有無の問題なのであり、その判断に当たっては、当該被害者の将来にわたっての就労の場所、内容、その継続性等が重要な要素となるものというべきであるし、また右②については、これを認めるに足りる確たる証拠がなく、原告の右各主張はいずれも採用することができない。

3 慰謝料

前記認定の本件事故により原告が被った傷害の内容及び程度、治療経過、本件後遺障害の内容及び程度、後記填補額、その他本件に現われた一切の事情を参酌検討すれば、原告が本件事故により被った精神的損害を慰謝するための金額は、金二五〇万円とするのが相当である。

4  以上によれば、原告の損害は、休業損害及び後遺障害による逸失利益(以下、これらを併せて「本件財産的損害」という。)の合計が金二三四万三〇五〇円、慰謝料が金二五〇万円ということになる。

三争点3(過失相殺)について

前記認定の本件製本機に関する経験及び本件製本機を用いての中綴じ作業の内容に鑑みると、本件事故は、降下部分の下に手を置いてペダルを踏めば手を挟まれる危険があることは容易に分かる状況にあるのに、原告がこれを看過して漫然と作業を行った過失にも起因しているものといわなければならず、したがって、右過失の内容及び程度のほか、前記認定の中綴じ作業を行うに至った経緯、本件事故発生時の現場の状況、被告らの義務違反の程度等を勘案すると、前記認定の原告の損害について、その三割を過失相殺するのが相当である。

そうすると、過失相殺後の原告の損害は、本件財産的損害が金一六四万〇一三五円、慰謝料が金一七五万円ということになる。

四填補について

原告が、本件事故後、労災保険から休業補償給付及び障害補償給付として合計金一七七万七六九七円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。これらの給付は、原告の損害中、財産的損害のうちの消極損害である本件財産的損害のみに対する填補となるもので、精神的損害に対する填補とはならないものというべきところ(最高裁判所昭和六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁参照。なお、右給付中、合計金三五万三七八七円は、特別支給金であることが認められる(<書証番号略>)が、これらも本来的な給付金と区別すべき理由を見い出し難く、填補としての性質を肯定すべきである。)、賠償を受けるべき本件財産的損害は前記のとおり金一六四万〇一三五円であるから、結局、原告の本件事故による損害のうち、本件財産的損害についてはすべて填補済みということになる。

したがって、原告が被告らに対し賠償を求めうる損害額は、慰謝料の金一七五万円のみということになる。なお、本件事故後に被告会社から原告に対し支払われた金一七万八一三三円については、労働基準法二〇条の解雇予告手当として支払われたものと認められる(被告会社代表者)ところ、右解雇予告手当金は、突然の解雇から生じる労働者の生活の困窮を緩和するという目的を有するものであるから、本件事故から生じた前記認定の損害に対する填補としての性質を有するものとは解することはできない。

五弁護士費用について 金二〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、右金額と認めるのが相当である。

(裁判長裁判官小川英明 裁判官小泉博嗣 裁判官江原健志)

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